宴会の中に入ると同時、騒がしい声が飛んできた。
「あー! 貴様は可哀想にもドブに落ちた私を情け容赦なくひっ叩いて追い出したオニの掃除婦じゃないか!」
「…なんだ、あんたか。タダ飯食らいにオニとか呼ばれる筋合いはないわよ。それから私の名前はね」
くん、この勝負バカを剥がしてくれんか…落ち着いて飯も食えやしない」
「そんなこと言わないで勝負「だあから! ここに来たばっかりのド新人で挙げ句武芸のたしなみもない…いや、どちらと言えばドンくさいくんごときに負けといて、お前はどの面下げて私に勝負を挑めるんだと言ってるんだ!」
「あのう、戸部先生? 今私さりげなくぼろっかすにけなされましたよね?」
「なんだ、こいつに勝てばいいんだな!?」
「ああくんに勝ったら勝負してやる」
「ちょっと、なに本人の意向丸無視で話を斜め45度ぐらいの方向に持っていってるんですか! 嫌ですよ宴会の席でそんなのは!」
「わははは! この愛と正義の天才剣士・花房牧之介の前に臆したか!」
「言っとくけどあんた相手にその誤解だけは受けたくない! 忍たまに負けたくせに何をいけ図々しい!」
「じゃあ勝負!」
 
はしばし真面目に考えた。
今ここではぐらかしたとしても、いつ思い出して絡まれるかわかったものではない。しかしこんなところで暴れては自分がだいたいのデザインを考えた会場の飾りであったり、おばちゃんや中在家長次に無理をいって作ってもらった様々な料理だったり、とかく色々なものが台無しになりそうだ(というか埃が立つのはやはり衛生上良くないだろう)
ことによってはツリーにも被害が出かねない。
真っ平御免だった。
「うーん…雪降ってて寒いから外に出るのもイヤだし…」
「軟弱だなあ貴様は」
「だから喜んで外駆け回ってるだろうあんたと一緒にされたくないわ。
 …わかった、勝負する」
「よーし、じゃあさっそk「ただし! 宴会の席でばたばた暴れるのは不粋ってもんでしょう、今日は平穏に歌で勝負よ!」
「歌ァ!?」
「審査員ならここにたくさんいるからね、余興も兼ねて一石二鳥! どうよ!」
 
『おおー!』
 
言い切ると同時に周りの生徒や教師から喝采が上がる。祭り好きも多ければ基本的なテンションも高い者揃いの学園であるから、拒む者はそうそういなかった。
むしろ学園長が率先して歓声を上げた。
「おもしろそう!」
「きゃー! さーんふぁいとー!」
「がんばってー! 牧之介になんか負けないでー!」
「わあ。一気に賑やかになったねえ」
「くのいち教室やシナ先生と仲良しだもんな」
「そういやちょっと前に黒焼きイモリ作って売り付けようとしたら、くのいち教室にすごい勢いで邪魔されたっけ」
「あれはあんたがえげつない商売するからでしょ、さんの思い人にあんなの間違っても効くわけがないのに」
「…そうだね、たぶん見た時点で逃げてくよね…」
「えっマジで全員お見通し!?」
『当ったり前でーす!』
「だーっもう! 明るく声を揃えるな貴様ら! 歌の勝負は受けるから私を無視するなあ!」
「そうこなくちゃ! じゃあ先攻・後攻どっち取る?」
「実力派はトリと相場が決まってるだろう! 後攻!」
(余談であるが、その台詞を聞いてほぼ全員がフヘッと笑った)
「ルールを確認しておくと、ごくシンプルにお互い一曲自信のある歌を披露。どちらが優っていたかは審査員達における多数決。盛り上がりによっては延長もあり。これでいいか」
「いきなりなんですか戸部先生」
「いや…最近なんだか審判ポジションが気に入ってきて…」
 
「よし先攻、行きます! ベタベタなクリスマスナンバーでなく、センスを光らせる選曲で!
 聞いてください!」
 
* * *
 
「………。」
「………。」
「………。」

「あの、皆さん? なにも泣かんでもいいでしょうに」
さん、…あれは最強に突っ込みづらい反則な曲です。動物と死の絡んだネタはよしてください」
「いや、いさっくん…よせって…あー。ごめん」
「ふ、ふん。大口叩い、って、結局、盛り下げた、じゃ、ないか。じゃあ、わ、たしが「やめて」
「やめろってなんだ!」
「もう勝負付いてるよ」
「今のテンションで牧之介の歌聞きたくない」
「しかも自分だってボロボロに泣いたくせに」
「いい話だったよねえ」
「うん…」
「ぼくもう黒い猫いじめない…」
 
「…なんか戦わずして負けたような気がする!」
「ようなと言うか、そのものズバリだ」












BONUS TRACK




黒木庄左ヱ門は、炭焼き小屋の隅にうずくまる小さな影を見つけて思わず足を止めた。
「あ」
一見して小さめの炭とも見紛うような黒一色のそれは警戒の抜けきらない仕草で…しかし結局はとてとて寄ってきて、庄左ヱ門の顔を見上げみゃあと鳴く。
(ここに棲んでるのかな)
そういえば、いつだったかこの猫のことを祖父から聞いたような気がする。ずいぶん長くこのあたりに棲み付いている黒猫がいて、最初こそ可愛げがなかったがこの頃はずいぶん懐いてきた、時折餌をやっているのだ、と。
自分としては可愛いというよりも、わざわざ炭焼き小屋…見つかりにくい場所を選んで棲み付くあたりがしたたかで良いと思うのだが。
「保護色を利用するなんて、頭がいいんだな」
無論のこと、そんな意図は持っていないのだろうけれど。
けれど、この小さな生き物が懸命に知恵を絞って住むのに良い場所を探し…結果として小屋まで辿り着いた経緯を想像すると、庄左ヱ門はついうっかり口元が笑ってしまうのを押さえられないのだ。

冬休みが終わって学園に戻ったら、さんにこの猫の話をしよう。







唯一クリスマスと関係のない曲エンド。ボーナストラックがどうしても書きたかった